ほんとの教育とは

今日は朝から天気も良く、気温も穏やかだったので、家族でお出かけ。

お気に入りのパン屋でパンを買い、コンビニでホットコーヒーを調達した後、

ぶらりと公園へ。

ピクニック気分でパンをパクついた後、子供達がキャッキャと遊ぶ姿に目を細めていると、

ふと、今この瞬間に苦しみのどん底にいる世界の人達(特に能登地震の被災者)のことが

頭に浮かんだ。

こういう何気ない時間が、かけがえのない時間であることをもっと噛み締める必要があるなと。

本当に有難いことだと感じる必要があるなと思う。

ふと、気を抜くとすぐに「将来への不安」とかいう漠然とした正体不明の敵が襲ってくるけれど、

いつでも、命さえあればオールオッケーというマインドでいたいなと思う。

例えば、子供にはどんな教育を施してあげるのが良いのか、とか考え始めると底なし沼のよう

だけれど、自分たちが無理なく生きていけるだけの暮らしを確保出来ているなと思ったら、

余剰部分は基本的に自分達以外の誰かのためにっていうマインドで生きていく。

そういう親の姿を子に見せることが出来たなら、それはどんな学校や塾に通わせるよりも、

何よりの教育になるんではなかろうか。

と、勝手に思い込んでいる。

教育というのは、「知識をつけること」のもっと手前に「人格を育むこと」が最優先事項として

あるべきだと思うから。

富や名声がある人=偉い人ではなく、人格者こそが社会において最も価値が高い人であるべきだと

思うから。

金稼ぎはそこそこでも良いから、人として、かっこいい人になろう。

子供達に、胸を張ってそう言える大人でありたい。

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